2012年03月23日

「イラ・カリ・コラム」について

某女性(タレント・エッセイスト)氏のコラムを久しぶりに読んだ。
今も昔もこの人はいつもイライラしてカリカリしてそしてシニカルで、
その時々のシチュエーションをまったく楽しんでいない。
そんな(タレント・エッセイスト)氏よりは市井の筆者の方が100万倍もシヤワセだ。

でも世の中は「需要と供給」でなりたっているので、
この女性(タレント・エッセイスト)氏のコラムがシリーズを
重ね、連載が続いているということは、彼女のコラムを
興味深く読む読者が相当数存在するということになる。

こんな『私はアタマがよくて機転が利くのよ。それにくらべてこれら
オオバカたちのやることと言ったら、ああイライラ・カリカリ!』コラムの
どこが面白いんだろう?と不思議に思ったが、ふと気づけばその
「前シリーズ」を筆者はけっこう読んでいたことに思い当たった。

『けっこう読んで』いた筆者は当該コラムに対して「こういうの、
あるある。」という共感を抱いていたはずだ。ソラオソロシクなって
「前シリーズ」のバックナンバーの連載時期を調べてみると、2007-8年ころ。
すなわちたかだか4、5年前の筆者はこの「イラ・カリ・コラム」に対し
一定の共感を抱きながら読んでいたわけだ。

日々成長し、趣味・嗜好・志向・思考法や観念が変わっていく筆者は、
将来の時点では今とはまったく違う人格になっている。だから当然、
のこととは言え、4、5年前の人格ともすでにしてまったく違ってしまって
いることを思い知った。

卑近な例で言えば、「昔の写真や作品は、総じて恥ずかしい」みたいな
感覚だ。まったくもって昔の筆者は(当たり前だが)今にもまして
未成熟で、修行が足りん。人格の陶冶がなされておらん。

などと言ってみたところで意味はない。人間は常に「成長途上」だ。
日々を生活を大切にする。一日一日をシヤワセに生きる。
それで、いいではないか。   (了)

posted by 大和小路 成明 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月20日

三十三回忌について

ジムのプールでぷかぷか泳いでいて、ふと気付いた。今日は2012年3月20日である。筆者の祖父、田中 福蔵(ふくぞう)の命日だ。計算すると、なんと33年になる。この祖父と言うのがすごいもんで、3月20日に亡くなったので翌21日に葬式をあげたのだが、これが昭和54年3月21日の出来ごと。つまり「54321」だったので、いたって憶えておいてもらいやすい。狙ってできるものではないので、すごいもんなのだ。そう言えば昨年みまかった筆者の父も亡くなったのは『東日本大震災のあった年のクリスマスイブ』なので、これも絶対に忘れられることがない。ほら、この一文を読んだだけのあなたでさえ、もう憶えてしまった。
『三十三回忌』でググってみると、「三十三回忌・弔い上げとは、これをもって年忌法要を終了することを言います。仏教の世界では、どんな人でも三十三年たてば無罪となり極楽浄土に行くことができると考えられているのだそうです。また亡くなった人はこの三十三回忌をもって個人としてではなく先祖の霊として祀られるようになります。そのため仏壇からは戒名を記した位牌を片付け、「○○家先祖の霊」の位牌を祀るようにします。」とある。
三十三回忌はやはり、節目の年だったのだ。福蔵じーちゃんの子孫が何人いるかはわからん(多くの子を成したのでたくさんいるのだ)が、少なくとも子孫の一人である筆者がインスピレーションに導かれて思い出し、手をあわせてちゃんと菩提を弔った。
そもそも「春のお彼岸の時期」に亡くなること自体がスゴイ。西行(さいぎょう)法師の

  ねがはくは花のもとにて春死なむ

    そのきさらぎの望月の頃

はあまりにも有名だが、じっさいに西行が亡くなったのは七十三歳で1190年の旧暦二月十六日。「きさらぎの望月」の翌日。西行は歌のとおり、「そのきさらぎの望月の頃」に死んだのだそうである。
「33年のゆかり」というのがもうひとつあって、筆者と下のムスメは33歳違いである。筆者が一念発起して初めてヨーロッパに旅行したのが、昨年46歳の時。かの下のムスメを同行したのだが、その時に筆者は『自分はヨーロッパに到達するまでに46年かかったが、この子は何の苦労もなしにわずか13歳で到達し、同じことをに親よりも33年も早く成し遂げたんだなぁ、世代の違いというものはすごいなぁ』という感慨を持ったことを思い出す。
「福蔵じーちゃん」が「ご先祖さま」になっちゃたように、筆者にだって33歳年下のムスメにだって、いつの日か「個人からご先祖さまになっちゃう時」が訪れるのかと思うと、なんだか不思議な気がするのだ。
posted by 大和小路 成明 at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

スティーブ・ジョブズとの「2次のつながり」について

先日、京都のとある職人さんと差し向かいでお酒を酌み交わす機会をもたせていただいた。

その職人さんが言うには、
『職人なんて、仕事はつらくてもうからへんけど、普通では会われへん
ようなヒトに会えたり、話でけへんようなヒトと話できたりすることがあります。
まあそれが、職人としての華(はな)ですわなぁ』とのこと。

さあその職人さんの店に来られるお客さまがたのBIG なこと。
ある方のお名前を聞くにいたっては、いささかへそまがりの筆者も
『それはまた、すごい方がいらっしゃったんですねぇ…!』と感心した。

それがスティーブ・ジョブズである。

その職人さんは最初、お店に来たスティーブ・ジョブズからの注文を
『メンテナンスが出来ないから』という理由で断ったそうだ(!)。
でも「必要に応じて、米国でもメンテナンス出来るから」と言われ、
製作対応したそうだ。

(余談では、スティーブ・ジョブズは『桂離宮のコピーをシリコンバレーに
建てて、所有しているらしい』との話だったが真偽のほどは知らない。)

あるアイテムを4つと、まさにカスタムメイドのあるアイテムをひとつ。
そのカスタムメイドのアイテムについてはジョブズの「要求仕様」が難しく、
それに応えるべく、その職人さんは材料(天然素材)を4回も変更したそうだ。

『まとめて80万円分くらい、買うてくれはったかなぁ』とのことだった。


スモールワールドの考え方、あるいはネットワーク理論のなかに
『6次の隔(へだ)たり』という概念がある。

直接の友人・知人からその友人・知人を紹介してもらってどんどんたどっていくと、
6人(6次)以内で世界じゅうの誰とでも知り合いになれる、というもので、
日本の代表的なSNSでは5次(まで)のつながりで、全員とつながると言われている。

今回、その職人さんとご縁をもたせていただき、知り合いになったおかげで、
筆者はスティーブ・ジョブズと「2次のつながり」になることが出来たわけで、
(スゴイ!)これは、マーケティング業界的には格好の話題である。

そしてこの一文を読んで下さったみなさんは、筆者と何らかつながって
いるわけなので、『これで、あなたもスティーブ・ジョブズとつながった!』という
ちょっと小気味よい話題を提供して、この一文は終わるのである。
posted by 大和小路 成明 at 12:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

『社内報レポーターと「日本人デフォルト」について』 

「社内報レポーター」なるものをやることになった。

実は昨年(2011年)1年間もやっており、2年目となる。
「もう一年、やってもらえないか?」と打診され、リアクションモードで
生きる筆者は「いいですよ」と、まさに二つ返事で引き受けたのだが、
同時に『ま、おれはいいけど、「社内報レポーター」なるのものが、
46歳のおっちゃんでいいのか?』という違和感をもった。

筆者は1965年(昭和40年)生まれなので、この2月で満47歳になる。
春には会社員として「25年の永年勤続表彰」まで受ける予定だ。

先ほどの“違和感”とはいささか違うものの、ビジネスパーソンとしては、
『25年もお勤めして来て、その割にはいっこうに楽させてもらえんな(笑)』
というのが実感である。

なんとなく『自分がキャリアを積む一方で、世の中全体がそうなっているからなぁ』
という感覚を、この10年ほど感じて来た。

調べてみた。とあるソースからの孫引きになるが、国連統計
(「World Population Prospects: The 2010 Revision」)によれば、
日本人の平均年齢(*1)は2010年時点で44.7歳なんだそうだ。
(2020年には48.2歳、2030年には51.4歳になるそうだ)平均年齢の推移(改).JPG

そこから考えれば、「2012年現在で47歳の筆者」は、『日本人の平均年齢』
としては、ほぼ“ど真ん中の中核年齢”に相当するわけで、
こりゃ、「社内報レポーター」ぐらいは甘んじてやらなきゃならないわけだ。
←クリックして画像を拡大

もっというなら、社会的にもこの10年ほど筆者が感じてきた
「先輩世代から受け継ぎ切れず、後輩世代に受け渡し切れない」
という感覚は、自然年齢的にも、まさにそのとおりなんだと自明になった。

『こりゃ、いくつになっても楽させてもらえん訳だ』と納得する一方で、
筆者の感性/感覚はけっして「おっちゃん感覚」ではなくて、
『日本人デフォルト』なのだ(なんだかすごいな)。と考えることにする。
毎日の生活を、楽しむ。今日も楽しく暮らす。

*1:国連が発表している「中位年齢」:人口を年齢順に並べ、その中央で全人口を2等分する境界点にある年齢。

posted by 大和小路 成明 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする